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2020.08.12
否定的体験が侘びへつながる
この「侘び」の思想が誕生した背景には、当時の日本人、或いは、その後の知性たちが、人生の憂き目に遭った時に郷愁を覚え、仏教的思想の中で清貧や無執着を肯定的に評価した、ということがあったといえるだろう。彼らは、生まれながらの選ばれた社会的地位と、更なる教養を身に付けることによって地位が上がっていくその過程に於いて挫折を味わい、短歌に侘しさや寂しさを表現するようになった。さらにそれを如何に知的な表現方法として用いていくかが知性の証明とされるようになり、それにより高い美意識が生まれることになった。
自分の人生を振り返ると、寂しかった、辛かった、惨めだった、悔しかった、という感覚や感傷が出てくる。現在進行形の場合もある。その中にあって、幼い時の記憶は、必ず良い思い出になる。辛く悲しい思い出までもが、何か知らぬ、それ以上の深みをもって我々に訴えてくる。その時に体験したことが、時を経ることによって、経験に変わっていく。経験に変わった時に、体験感とは異質な経験感としての客体化された自己がそこに表象され、それを美的感性で許容し肯定することによって、その否定的な意識を転換させた、より深化した意識としての「侘び観」が生まれてきたのであろうと推測されるのである。
(『侘び然び幽玄のこころ』第五章 「侘び然び」の再定義 否定的体験の再評価)